彼岸に祖父の墓参りに行った。
久方ぶりの事で、これまで随分とご無沙汰していた分、
丹念に墓掃除をしながら祖父のことを想った・・・

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祖父を一言で評するなら、
「不器用な男」というのがふさわしい。



その「不器用」というのはあくまでも人間性を指し、
それとは裏腹に手先の器用さといったら驚くほどのものがあった。
元来、絵を描いたり物を作ったりするのが好きで、
壊れて捨てられていた扇風機を拾ってきてはモーターを修理したり、
バイクをカスタムし、今ではよくピザ屋さんが乗っているような、
屋根がついたバイクを25年も前に作ったり、
動かないボロボロの車をどこからか拾うか買うかしてきて、
エンジンを修理し、塗装を塗り直し、足回りを強化して乗ったり、
挙句の果てには、自分が作業する二階建ての、
一階は車のガレージ、二階は8畳ほどの作業場という、
「男の隠れ家」的作業小屋を独りで作ったり、
数え上げたらきりが無いほど物を作ったり直したりし、
完全独学型クリエイター」振りを大いに発揮していた。

そんな祖父は魚屋を営んでいたが、
50歳を境にスッパリと止め面を彫り始めた。
その面は、般若やおかめ、翁などを独学で彫っていたのだけど、
いつからかデパートに買い取ってもらえるようになり、
素人目に見てもその理由が分かる程のクオリティーの物を作るようになった。

そのクリエイティブ精神が発揮されるのは、
私達孫と一緒にいる時にも多々あり、
中でも印象深いのが小学校高学年の夏休みのこと。

祖父がイカダで川下りをすると言い始めた。
トタン板にでも乗って下るのかと思いきや、
そこは「完全独学型クリエイター」。

業務用の配管に使う直系20センチ程の太さのパイプを、
2メートル程に切ってそれを7〜8本横に繋げ、
その最後尾に、自転車を分解して前輪を外して固定し、
後輪を外して手製スクリューをくっつけ、
サドルに乗って漕ぐとそのスクリューが回り動力になるという、
ハイパーイカダ」を作り川に持って行き姉と私と祖父で川下りをした。

惜しくも「自転車改良型人力モーター」は、
途中で壊れてしまったけれど、
その時の驚きと周囲の眼差しは今も忘れない。

そんな祖父の物作りの極みといえば発明であった。

それを象徴する出来事はいくつかあるが、
印象に残っているのは祖父とウチの家族とで海水浴に行った時のこと。

海で何かの缶詰を食べようとしたら缶切りが無いという、
困った事態が起こってしまった。
どうしようかと話していたら、
祖父がその辺りに落ちている物を拾ってきて、
あっという間に親指に付けて使う「即席缶切り」を作ってしまった。
その時は特に何とも思わなかったが今考えると凄い・・・

その発明で最もインパクトがあったのは「信号機」だった。

信号機・・・?

って感じだけれど、

祖父の作った信号機と、
今、世の中にある信号機との大きな違いは、
祖父の物は回転式だったということ。

どういうことかというと、
青・黄・赤の三色が、
ドラム式!?観覧車!?そんな感じで、
要するに縦回転して信号の色が入れ替わるというもので、
それは特許を取ることも出来たらしいのだけれど、
コストがかかりすぎるという理由で実用化は見送られた。

そんな祖父は「不器用の塊」のような男。
一度言い始めたらきかないし、
余りにも気に食わない事があると、
孫のわたし相手でも容赦なくブチ切れるし、
人とコミュニケーションを取ることが極端に苦手だった。

だから祖父と一緒にいてもあまり会話が無かった。

これ食うか?

うん。

とか、そんなもん。

当時は、そういった祖父の無骨さに、
どうして良いやら分からず、
対処に困っていた記憶もあるが、
祖父の作業場に雑然と置いてあった工具や、
作りかけの面などが並ぶあの光景・・・
そして埃っぽいあの匂い・・・
それらにやたらと憧れて、
自分の部屋をそんな風にしようと真似してみたりもした。


祖父は65歳で病に倒れ亡くなってしまったけれど、
それまで物作りに没頭し自分らしく生きた。
そういう生き方しか出来なかったのでもあるけれど、
祖父の墓を掃除しながら、
そんな祖父の不器用で人間臭い生き方に、
近づきたいと感じている事にふと気が付いた。

わたしは祖父のように、
手先器用に物を作ったり出来ないが、
違う表現方法でなら何か出来るかもしれない。
それが世の中に認められるとかそうでないとか、
そういうことは分からないけど、
肝心なのはきっと、
好きな事に一心に向かい、
愚直なまでに真っ直ぐに生きることなのだろう。
簡単ではないけれど、
自分もそう生きられたら・・・
そう思いながら私は新たな一歩を踏み出そうとしている。
どこまでやれるか分からないけれど、
全身全霊で今を生きてみようと想いながら。


わたしの放送やブログにお付き合い頂いたみなさん、
2007年から始まった、
FM鹿児島パーソナリティー高森てつブログ
ACROSS THE WORDは幕を閉じます。
これまで本当に有り難うございました。
皆さんといつかまたどこかで、
繋がれる日」が来るのを楽しみにしています。

その日を期待しながら幕引きです。
リスナーの皆さん、読者の皆さん、
一緒に頑張ってきたスタッフのみんな。
心からありがとう。
いつかまた会う日まで。